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大阪城公園「教育塔」のアクセスとその説明

投稿日:2017年6月28日 更新日:

大阪城公園「教育塔」

大阪城公園の大手門の南側付近に一つの大きな塔があります。その塔の名前は「教育塔」と言い、台風や大震災による被害があった子供たち他が合葬されています。

今回は「教育塔」の場所、地図(アクセス)、その説明についてご紹介します。

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教育塔の場所

大阪城公園「教育塔」

谷町四丁目駅から大阪城公園に入ると右側に広いスペースがあり、そこに「教育塔」が建っています。

上の写真が教育塔です。周囲には何もないので特に目立っています。

場所は大阪城の南外堀付近で、六番櫓が見える少し手前にあります。教育塔の横はあじさい園になっています。

 

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教育塔の説明

大阪城公園「教育塔」

教育塔に近づいていくと、その付近に「教育塔」に関する説明文があります。

この塔は、1934年(昭和9年)第1次室戸台風によって多くの犠牲者を出したことを機に、大坂の教育界が提唱し、当時の帝国教育会によって1936年に建立されました。

1948年、日本教職員組合が憲法・教育基本法の理念にたち、塔の維持・管理を受け継ぎ現在に至っています。

また1995年1月17日に起こった「阪神淡路大震災」により、多数犠牲となった教職員・子供たち・保護者など教育関係者が特別合葬されています。

第60回教育歳の時に、教育塔の補修工事を行いました。塔の高さは30m、麺性333㎡、塔の下の中央は162㎡、量が和はそれぞれ86㎡あります。

外側は白色の花こう岩でおおこわています。芳名室には合葬された方々の名板がおさめられています。

参考:教育塔の説明文を一部抜粋し要約

1934年(昭和9年)の第1次室戸台風、そして1995年の阪神淡路大震災で、犠牲となった教職員・子供たち・保護者など教育関係者が特別合葬されています。

教育者を合葬していることから教育塔と言います。

建設費は寄付で、当時の金額で約17万5千円、式典費、準備費などあわせて32万円かかりました。第2次世界大戦後は帝国教育会から日本教職員組合に引き継がれています。

毎年10月30日に教育祭が行われ、殉職者が合葬されています。

 

大阪城公園「教育塔」中心部拡大

左は第1次室戸台風で子供たちをおんぶして避難する作品「台風水害で児童を守る教師」、右側は式典の作品「式典で好調が君主を精読する光景」です。

 

「教育塔」地図・アクセス

大阪城公園「教育塔」地図

谷町四丁目駅からは大阪城公園に入ってすぐ右側、南外堀付近にあります。森ノ宮駅からは噴水横、ローソンの階段を上がり西に歩きましょう。バス駐車場を越えて南外堀沿いを歩くとあります。

天満橋駅からは西外堀沿いを南に歩き大手門を越えると見えてきます。大阪城公園駅と大阪ビジネスパーク駅からは丁度反対側に位置するので結構遠いと思います。

近づいてくると広場があり、その中央に教育塔が建っているので、近づいてきた時は目印の塔を探してみて下さい。

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