大阪城

大阪城の構造は独立式天守閣の鉄骨鉄筋コンクリート建築

大阪城天守閣

城の構造は、連結式天守、連立式天守、独立式天守、複合式天守、大きく4つの天守に分かれています(細かく分けると他にもあります)。

その中で大阪城は中央に1つだけある「独立式の天守」です。同じ独立式天守では高知城、丸岡城などがあります。

現存する大阪城は1931年(昭和6年)に大阪府民による寄付150万円で造られた当時最新式の鉄骨鉄筋コンクリート建築になっています。

大阪城天守閣の構造と、なぜ鉄骨鉄筋コンクリートなのかについて、詳しくご紹介します。

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大阪城は独立式天守のお城

大阪城天守閣

城の構造は、①独立式天守、②複合式天守、③連結式天守、④連立式天守、大きく4つの天守に分かれます。

1.独立式天守

天守が独立して建っているお城のこと。櫓などとくっ付いていないという意味です。大阪城はこの独立式にあたります

大阪城は徳川大坂城の天守台に、近代的天守閣を建築しています。

参考:今の大阪城は何代目?天守閣の歴史を簡単にまとめました

 

2.複合式天守

天守に櫓が連結しているお城。敵からの攻撃を増やすことができます。

 

3.連結式天守

天守と小天守を一つにしたもので、渡り廊下や多聞櫓で渡しています。

 

4.連立式天守

天守に複数の小天守や櫓をロの字に繋げたお城。最も防備が厳重な形式です。入口がロの字の庭になるので、四方から攻撃することができます。

 

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復興大阪城は当時最新式の鉄骨鉄筋コンクリート

大阪城と本丸

1931年(昭和6年)に天守台の上に建てられた復興大阪城天守閣は、古川重春氏が設計を担当。

現在の大阪城天守閣は「大坂夏の陣図屏風(黒田長政・1615年)」に描かれていた豊臣大坂城を元にしました。

古川氏は桃山時代の城郭様式を忠実に再現するため研究を重ね、たくさんの図案を残しています。その図案の中には、着工後も修正を加えた形跡がある図案もあります。

大阪城天守閣復興工事は昭和5年5月6日に起工し、翌昭和6年10月30日に竣工しました。

現在の大阪城天守閣は大阪市民による浄財・約150万円でを費やして建てられました。現在の約750億円に相当します。

天守台から鯱までの高さは54.8mあります。

  1. 基礎工事:徳川天守台の礎石
  2. 鉄骨くみ上げ工事
  3. コンクリート注入
  4. 足場の取り外し

天守台の石垣を保護するためにサスペンション工法で造られています。近代建築としても評価が高く、国の有形文化財に登録されています。

参考:昭和六年大阪城天守閣復興に係わる設計原図等関係資料(文化遺産オンライン)

なぜ大阪城は鉄骨鉄筋コンクリートなのか?

なぜ昭和6年の復興大阪城天守閣は鉄筋コンクリートなのでしょうか?

その理由は、豊臣秀吉時代の大坂城でもそうであったように、その時代における最高の部材を使うべきだとする考えから、復興大阪城天守閣は、耐火性・耐震性にすぐれた鉄骨鉄筋コンクリートが採用されました。

参考:図録・特別展「大阪城の近代史」の「復興大阪城天守閣設計図」「古写真 大阪城天守閣復興工事」より

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